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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)1088号 判決

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

理由

【事 実】

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金一〇〇六万六六六〇円及びこれに対する昭和六三年一〇月二〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行の宣言。

二  被告

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者等

被告は、肩書地において美容形成外科医院を営む医師であり、原告は、被告により、昭和四一年八月ころと昭和四七年ころの二回、隆鼻美容整形手術を受けたものである。

2  事件の経緯

(一) 原告は、昭和四一年八月ころ、被告により、鼻柱部に液体状の合成樹脂を注入する「注射式隆鼻術」との隆鼻美容整形手術(以下「第一回目の手術」という)を受けた。

しかし、右手術後、原告は、他人から顔が変になつたとか、鼻が段々つぶれてきているみたいであるなどと言われ、また鼻全体が柔らかくなつて眼鏡の固定ができない等の自覚症状を覚え、昭和四五年暮ころには、右眼と鼻の間から突然第一回目の手術の注入物が飛び出してきたこともあつた。

(二) 右のとおり第一回目の手術が失敗に終わつたので、原告は、昭和四七年ころ、被告により、第一回目の手術で注入した液体状合成樹脂を取り除き、鼻部を切開したうえ、シリコン板を挿入するという「手術式隆鼻術」(以下「本件手術」という)を受けた。

(三) しかし、本件手術後も、半月から一か月たつと、鼻の先端部が凹んで平らになつたり、鼻がぶよぶよ柔らかくなつて眼鏡がずり落ちる症状が現れ、その後も絶えず鼻の先端部が平らになつたり元に戻つたりし、冷風にあたつたり水に浸かると鼻がひりひりするとの症状が続いた。

原告は、手術を受けた後悔と手術失敗への絶望の念から強い精神的苦痛を受け続け、専門学校を中退したり、家を飛び出したり、転職を繰り返したりし、胃炎、胃潰瘍で入通院を繰り返し、昭和五八年二月二三日から同年三月九日までは心因反応との診断で新潟大学付属病院に入院したりした。

(四) 原告は、本件手術後、昭和五〇年、同五八年、同六一年、同六二年七月四日の四回にわたつて被告方を訪れ、前記症状を訴え、善処方を求めたが、被告は、右原告の訴えに真摯に対応せず、原告の求めがあつたにもかかわらず、レントゲン検査等も行わなかつた。

(五) 原告は、昭和六二年七月七日、東京警察病院でレントゲン検査を受け、同月一一日、同病院の大森喜太郎医師の診察を受けたうえ、同月一五日、同医師により、本件手術で挿入したシリコン板の摘出術を受けた。

大森医師の診断によれば、被告によつて鼻柱部に挿入されたシリコン板は上方にずれていて、放置すれば鼻上部の皮膚を破つて飛び出す可能性があり、また鼻柱部に液体プラスチックが残存しているとのことであつた。

3  美容整形手術における医師の注意義務

(一) 美容整形手術は、美に関する個人の主観的悩みの解消を目的とし、医師により患者に対して専門的な判断と技術を施すものであるから、医療行為の一種に含まれるが、他方、一般に医学的見地からはその必要性に乏しく、緊急性も殆どないという特性を有する 右特性から、これを施行する医師としては、一般医療の場合以上に、事前に手術の概要、効果、予想される副作用や合併症等につき、充分な時間をかけて説明し、患者に対して治療を受けるか否かを判断する情報を与えるべき義務がある。

また、問診の結果、医学的見地から精神科等他科の診療を相当とするときには、美容整形手術を避け、他科の受診を勧めるべき義務を負う。

(二) また、手術式隆鼻術においては、まず患者の顔にマッチするよう、写真、エックス線写真、石膏モデル等で鼻の形を検討し、そのうえで挿入するプロテーゼを作成するべきであるし、手術施行に当たつては、プロテーゼを挿入する隙間(ポケット)が広すぎるとプロテーゼが動くし、狭すぎると血行障害を起こすから、充分の注意を払つてこれを設けなければならない。

(三) 更に、術後においても、合併症や容体の変化が生じた場合、速やかに適切な診療をする義務のあることは当然であり、特に美容整形は、美という患者の主観的願望の実現を目的とするものであり、患者には手術したことを他人に知られたくないとの願望があるから、右義務は一般の医療の場合以上に要請される。

したがつて、不本意な結果が発生した場合、医師としては再検査等により患部の状況を充分に把握し、患者の悩みに真摯に耳を傾け、必要に応じて他科の受診を勧めるなどの適切な対応をとるべき義務がある。

4  被告の不法行為

(一) 本件手術の場合、被告としては、局部麻酔のうえシリコン板を鼻孔上部から挿入する手術であること、予想される合併症として、血腫、感染、プロテーゼ(挿入物)の転移、プロテーゼの露出等があることなどを、事前に原告に説明するべき義務があつたのに、被告は、第一回目の手術で注入した物質が漏れ、鼻の形が変化したとの原告の訴えに対しすぐ来院しなかつたのが悪いと非難するのみで、本件手術に際しても、単に「前よりもつといい物質ができたからそれを入れなさい。」などというのみで、本件手術の内容、方法、シリコン板の性質等を説明することもなく、予想される合併症についても一切説明をしなかつたばかりか、原告を問診することもなく、なんらの検査をも実施せず、いきなり本件手術を施行した。

また、被告は、原告の様子について、注文が高かつたとか、普通の人ならば気にしないこと、あるいは趣旨不明の希望を述べたというが、仮にそのとおりであつたならば、むしろ美容整形手術を避け、他科の受診を勧めるべきであつたのに、単に原告の希望が強かつたというのみで、本件手術を施行した。

(二) 本件手術により挿入したシリコン板は、わずか半月から一か月で上方にずれ、原告の鼻の先端が欠けて平らになつた。

これは、被告が手術にあたつてポケットを広く取り過ぎたためであり、被告の本件手術には過誤があつた。

(三) 原告は、本件手術後、前記のとおり昭和五〇年、同五八年、同六一年、同六二年七月四日の四回にわたつて被告方を訪れて症状を訴えたが、被告は、右訴えに誠実に対応せず、そのため原告の精神的苦痛は放置され、増悪した。

5  原告の損害

(一) 慰謝料金一〇〇〇万円

原告は、前記被告の本件手術の施行及び事後の対応のため、前記大森医師による本件手術の挿入物摘出まで、第一回目の手術時からみれば二〇年余、本件手術後に限つても一五年の長きにわたり、前記症状のため絶望と後悔の念にさいなまれたものであり、右原告の精神的苦痛を慰謝するための金員は、一〇〇〇万円を下回ることはない。

(二) 大森医師等に支払つた治療費等金六万六六六〇円

原告は、本件手術により挿入されたシリコン板除去等のため、昭和六二年七月七日に東京警察病院での診察費金六二一〇円、同月一五日にクリニカ市ヶ谷(大森医師)での手術費金五万九四六〇円、同年一〇月三日に東京警察病院での診察費金九九〇円を支出し、同額の損害を被つた。

6  よつて、原告は、被告に対し、前記本件手術及び事後の対応の不法行為による損害賠償として、前記一〇〇六万六六六〇円と、これに対する不法行為終了後である昭和六三年一〇月二〇日から完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の(一)のうち、第一回目の手術施行の事実は認め、その余の事実は否認する。被告の行つた第一回目の手術は、半固体のDMPSジメチルポリシロキサン(医用シリコンゴムの一種)を注入する隆鼻手術である。なお、右注入物質は科学的に安定した半固体状のものであり、これが鼻と眼の間から漏れることなど物理的にありえない。

同(二)のうち、本件手術施行の事実は認める。本件手術は、固体のDMPSジメチルポリシロキサンを鼻部に挿入する隆鼻手術である。

同(三)の事実は不知ないし否認。原告主張の精神的苦痛は、まつたく心因的、主観的なものであり、本件手術にはなんらの落ち度もない。

同(四)のうち、昭和六二年七月四日来院の事実は認め、その余の事実は否認する。原告の被告方来院は、昭和四八年ころ、昭和五九年二月二四日、昭和六一年六月一八日、及び右昭和六二年七月四日である。昭和五九年二月二四日の来院の際、原告は「耳鼻科の医師が、このまま挿入物を入れておくと骨が溶けてくるといつている。」などと不安を述べたので、被告は、原告の態度に精神的なこだわりを感じ、挿入したDMPSの科学的安全性を説明した。昭和六一年の来院時の訴え、被告の対応も同様であつた。昭和六二年七月四日の際は、原告は妻を同行し、「鼻の形が変わつた。眼鏡がずり落ちる。」などと述べたが、被告の診察によつても、そのような事実は認められず、被告としては、「形も悪くなく摘出の必要はないが、希望ならいつでもきれいに摘出できる。」旨説明した。なお、挿入物は外部から力を加えれば皮下で動くのは当然であり、これは手術の瑕疵ではない。外部から力を加えなくとも自然に挿入物の位置がずれることはありえない。

同(五)のうち、受診、手術の事実は不知。その余の事実は否認する。健康な皮膚は簡単に破れるものではなく、まして原告の鼻は一五年間も無事に経過しているのであるからその皮膚が急に破れることなど医学的にありえず、専門家である大森医師がそのような診断をするはずがない。

3  請求原因3の主張は、一般論としては認める。

4  請求原因4の(一)の事実は否認する。被告は、本件手術前に視診、問診を行つたが、その結果全く異常は認められず、本件手術に際してレントゲン撮影の必要も認められなかつた。被告が本件手術を行つたのは、原告からの鼻が柔らかくなつた等の訴えは心因性のものと判断されたが、固形状シリコン板挿入の方が心因性の不安除去に役立つと判断したからである。また、被告は、医師として必要な事前説明をし、被告の納得をえたうえで本件手術を行つている。

同(二)の事実は否認する。

同(三)のうち、昭和六二年七月四日に被告方に来院した事実は認め、その余の事実は否認する。事実経過は前記2の(四)に対する認否欄記載のとおりであり、被告は誠実に対応している。

5  請求原因5の(一)の事実は否認する。

同(二)の事実は知らない。

三  抗弁(時効)

本件手術が行われたのは昭和四七年のことであり、原告の主張によれば、原告は、本件手術後間もなくのころから鼻の形の不安定等に悩まされ、精神的苦痛を受け続けてきたというのであるから、本件訴訟の提起された昭和六三年一月二九日の三年以上前から、損害及び加害者を知つていたものというべきである。

よつて、被告は、本件訴訟において、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効完成を援用する。

四  抗弁に対する認否

不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効は、損害の発生、加害者のみならず、加害行為が不法行為を構成すること、及び加害行為と損害との間に因果関係のあることまでを知つたときから進行し、医療過誤の場合、医師や弁護士等の専門家のアドバイスを受け、その内容と加害者を確定的に知つたときがその起算点となると解すべきである。

原告は、本件手術及び事後の被告の対応に疑念は持つていたが、昭和六二年七月一一日に大森医師の診断を受け、初めてこれが不法行為になると確定的に知つたものであり、したがつて、いまだ消滅時効は完成していない。

第三  証拠《略》

【理 由】

一  被告が美容形成外科医院を営む医師であり、原告が昭和四一年ころ被告により第一回目の注射式隆鼻術を受け、更に昭和四七年ころ被告により本件手術を受けたことは当事者間に争いがない。

二  本件手術を理由とする損害賠償請求について

本件訴訟が昭和六三年一月二九日に提起されたこと、被告が右請求権の消滅時効完成を援用したことは本件記録上明らかであるから、まずこの点につき検討する。

《証拠略》によれば、

1  原告(昭和二二年一二月一二日生)は、かねて鼻が少し低いのではないかとの感を抱いていたが、週刊誌の広告で被告方医院を知り、昭和四一年八月ころ、新潟から上京して第一回目の手術を受けた。

2  原告は、第一回目の手術後一月位の間はこれに満足していたが、まもなく他人の態度等から手術結果に悩みはじめ、痛み等はないものの、鼻の様子に違和感も覚えるようになり、勤務先をかえたりした後、昭和四六年には再出発を期して新潟へ戻つたが、依然鼻の具合に不安を抱いていた。

なお、この間の昭和四五年末、右眼から液体状のものが飛び出し、原告はこれは手術注入物であつたというところ、右注入物が飛び出したとの点は、被告本人尋問の結果と対比してにわかに措信し難いが、ともかくもそのころには、原告は被告の第一回目の手術に過誤があつたと考えるようになつていた。

3  昭和四七年になり、原告は他人の噂に衝撃を受け(梅毒か美容整形手術の失敗か、と聞いたという)、上京のうえ被告方医院を訪ね、本件手術を受けた。

原告は、第一回目の手術について被告の過誤があつたと考えており、本件手術に際しても、被告の手術決定があまりに安易、商業的で、医師にあるまじきものであると感じ、右不信感はやがて被告に対する強い非難の念に発展していつた。

4  原告は、本件手術後も、依然として他人の態度がよそよそしいと気になり、隆鼻手術を受けたこと自体を後悔し、家出同然に高崎市へ移つた。原告は、眼鏡がずり落ちる、先端部が凹む、全体に柔らかくなる等、鼻に対する漠然とした不安感にさいなまれ、昭和五〇年ころ被告方自宅を捜し当てて訪ねた後も右不安感は解消されなかつた。

5  原告は、昭和五一年に結婚し、昭和五二年には長男をもうけたが、前記不安感と、他人の目を気にした挙げ句、周囲の反対を押し切つて新潟に戻つた。その後も原告の思いは変わらず、寒い折りなど鼻がひりひりする等の感も抱くようになり、本件手術に対する怒りと後悔を胸にしつつ、人付き合いも避ける生活を送つた。

6  原告は、昭和五八年二月二三日から同年三月九日まで、心因反応で入院治療を受け、また昭和五六年以来胃潰瘍を患い、昭和五八年、六〇年には入院治療を受けた(右各事実は《証拠略》により明らかである)が、原告はこれも本件手術とその失敗のためであると考えていた(もつとも、心因反応での入院治療中も、精神科医師に右悩みを打ち明けていない)。

7  原告は、昭和五九年二月二四日と昭和六一年六月一八日に被告方医院を訪れ、鼻の具合がおかしい旨、耳鼻科医師に骨が溶けてくると言われたとの虚構の事実を交えて訴え、被告を詰問し、異常は認められないし、骨が溶けてくることなどあり得ず、希望するなら再度摘出して元に戻せる旨の被告の説明にも納得しなかつた(被告方での受診月日及びその内容については、《証拠略》を併せて認定)。

8  原告は、明白な異常を無視するものとして右二度の被告の説明に強い怒りの念を持つたが、他の医師に相談することもなく、職も辞して一人思い悩み続け、昭和六二年七月三日、初めて妻に隆鼻術を受けていた事実と悩みとを打ち明け、翌四日、妻とともに被告方医院を訪れた(同日原告が被告医院を訪れた事実は当事者間に争いがない)。

9  同日も、原告の鼻に異常は認められないとする被告と、責任を追求する原告との口論に終わり、原告は、同年七月七日、東京警察病院でレントゲン診察を受け、同月一一日に大森医師の診断を受けたうえ、同月一五日、同医師により本件手術で挿入したプロテーゼ(固体のDMPSジメチルポリシロキサン)の摘出を受けた(《証拠略》を加えて認定)。

以上のとおり認めることができる。

右認めたところによれば、原告は、本件手術後まもなくから鼻の状態を苦にし、高崎から新潟へ戻つた昭和五〇年代前半ころの時点では、鼻に異常があり、それは第一回目の手術の経緯(前記のとおり原告はこれも被告の手術過誤であつたと信じていた)からみても被告の責任であると信じ、そのため強度の精神的苦痛を受けていると意識しており、遅くとも昭和五九年二月二四日の被告医院方訪問以前の時点では、右のとおり被告に責任があると考えていたものと認めることができる。

原告は、本件手術に疑念はもつていたものの、これが不法行為となると確定的に知つたのは、大森医師の診断を受けた昭和六二年七月一一日であると主張するが、《証拠略》によるも、大森医師が被告の本件手術自体を過誤であると断じたとは認めることができず(《証拠略》によれば、同医師は、本件手術自体は間違つていなかつた旨述べていると認められるし、同尋問結果中の、大森医師がこのままではシリコンプレートが皮膚を突き破つてくると述べたとする部分は、被告本人尋問の結果と対照してにわかに措信し難い)、大森医師の診断により初めて原告が被告の法的責任に思い至つたものとは解することができない。原告は、本訴において、本件手術につき事前説明義務違反、事前検査義務違反、プロテーゼ挿入方法の過誤等を主張するところ、かかる法的構成自体は専門家の示唆等にまたざるを得ないと認められるが、前認定のとおり、原告は被告の本件手術決定態度自体が医師として考えられない安易なものであり、手術施行上の過誤(原告のいう「失敗」。ただし、これが主として生理学的瑕疵をいうのか、原告の希望の結果が実現されなかつたこと自体をいうのかは必ずしも判然としない)もあつたと信じていたものであるから、右時点において、自己の信ずるところに従い、被告に対する損害賠償請求権を行使すること自体は充分可能であり、これにつき法律上の障害はもとより、事実上それを著しく困難とする障害も存在しなかつたものといわざるを得ない。

そうすると、本件手術を施行したこと自体、ないしその方法の過誤を理由とする損害賠償請求権については、主張の当否を判断するまでもなく、民法七二四条本文により、消滅時効が完成しているといわなければならない。

三  本件手術後の被告の対応を理由とする請求について

被告は、医師として本件手術を施行したものであるから、手術後に原告から相談等を受けた場合、これに誠実に対応する義務のあることは当然であつて、医師としてなすべき対応をとらず、これによつて原告に損害を生じさせた場合には、右対応そのものを原因とする独立の不法行為責任を負う場合があるものと解される。

そこで、本件手術後の原告の被告に対する訴えと、これに対する被告の対応についてみるに、前記のとおり、原告は昭和五〇年ころ、昭和五九年二月二四日、昭和六一年六月一八日、及び昭和六二年七月四日に被告方を訪れ(昭和六二年七月四日については当事者間に争いがない)、鼻の異常と手術の過誤を訴えたものと認められる。しかし、《証拠略》によれば、昭和五九年以降の各訪問の趣旨は、被告に対して本件手術の失敗を認めるよう迫ることにあり、検査等の要求も失敗の確認を求めるためのものであつて、再手術等による矯正の相談ではなかつたと認めざるを得ない(昭和五〇年ころの訪問時の様子は明らかでないが、既に時効が完成していること明らかである)。原告は、被告の不誠実な対応により長期間の精神的苦痛が継続したと主張するけれども、前掲証拠によれば、昭和五九年の受診時、すでに被告は本件手術によるプロテーゼが摘出可能である旨説明したが、原告は、単に摘出すれば済むという問題ではないとして納得しなかつたものであり、他方、原告主張の苦痛は大森医師によるプロテーゼ摘出により以後消滅したというのであるから、被告が、原告の主張の苦痛除去を拒否し、苦痛の原因を放置したものということもできない。また、原告が、被告の対応のために他専門医師の診断を受ける機会を失したと認める事情も見当たらず、むしろ原告が被告方での受診に固執した合理的理由を見出すことはできないというべきである。

原告は整形手術の特殊性をいうけれども、原告主張の如き強度の苦痛を前提とすれば、他の専門医師の診断を受けなかつたことはやはり異常といわなければならない。

原告は、被告が自己の責任を認めなかつたというが、責任の有無如何にかかわらず、右事由が独立の不法行為責任を構成するものではないことは明らかである。

四  以上の次第で、その余についてみるまでもなく、原告の請求には理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 小島正夫)

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